全優石OB会in礼文・利尻島
2004年9月25・26・27日(金)
午後1時少し前に礼文島に到着し、フェリー駅2階の武ちゃん寿司で昼食を済ませた。ご主人とは20年来の知人で、サハリンビールを飲みながら、うに丼や生きたあわび、牡丹えびなど食べきれないほどの礼文島最高の料理に皆満足して、最初の見学地日本最北限の地であるスコトン岬をを訪れました。向いに見える島はトド島(海馬島)で無人島です。 昭和23年5月9日当時、新しい日本の歴史的大事業として、日米共同の科学者1500名により観測され、広く世界の歴史に記され、以来天体科学の地となった場所との事ですが、道路拡張に伴い最近建てかえられた記念碑です。私は以前道路の反対側にあった、趣のある記念碑の方が好きだったのですが。
桃岩展望台に設置されていた天皇陛下の歌碑です。古くから設置されていたのですが、こんな高い所までどのようにして搬入したものか、当時施工された石材店の苦労が偲ばれます。 桃岩展望台には、自家用車ですと山頂付近まで上がれるのですが、バスですと歩くのに辛いものがあります。6月7月に咲く高山植物を楽しみながら、ゆっくりと登られるのも楽しみかもしれません。これは猫岩と呼ばれ、猫が海を眺めているかの様です。
こちらは同じく桃岩展望台から眺めた桃の形をした桃岩です。逆光で見ずらくてすみません。 過去にメノウが沢山採れた元地海岸の先には、地蔵岩と呼ばれる高さ50メートルの奇石がある。現在落石の危険があるために、これ以上は近づくことは出来ません。
礼文島の市街地です。左に見える赤い建物は礼文町役場です。昨夜はこの道路の向い側にある民宿「香栄丸」に宿泊し、旧来の友人でこの度の旅行でも大変お世話になった、漁師もされているご主人に美味しい浜料理を頂いた。 利尻島に渡るべくフェリー乗り場に向かう途中、モニュメントが設置されていたので写真に納めた。作風が知人の作家によく似ていたので、作者名を見るとやはりあの「浅井 憲一」氏の作品だった。
フェリー乗り場の横にもこの様なモニュメントが設置されていた。こちらは作者名はありませんでした。 島を離れる観光客に、別れのセレモニーをする若者の集団である。大きな声を上げながら体いっぱいに旅の思い出を送る姿は、いつ見ても楽しい。
フェリーより見た利尻島です。見事に晴れ上がり山頂に雲が一つもかかっていない利尻富士は大変珍しいです。 利尻島ではお世話になっている慈教寺さんに立ち寄り、挨拶後境内地に設置されている会津藩士の墓を見学する。
その会津藩士の右横に、友人でもある仏師「長岡煕山」製作の魚藍観音がある。珍しくシーラカンスの上に観音様が乗っている像です。 飛行機出発の時間まで、レンタカーにより島内一周の途中にまたも会津藩士の墓に立ち寄りました。
沓形から登る見返台園地展望台です。車を駐車場に置いてしばらく歩きます。ここに立ち寄ったお陰で時間が思ったよりかかり、利尻島一周を諦めました。 後方には礼文島が眺望でき、目の前には利尻富士のその荒々しい姿が迫ります。
沓形で昼食をとる前に、礼文島を間近に望む沓形岬にある沓形岬公園を見学する。傍に小さい供養塔があったので写真に納めました。 礼文空港より千歳へと向かう飛行機です。利尻富士をバックに待合室より写しました。空港は小さいのですが新しくて綺麗でした。
最後の宿泊地、支笏湖にある丸駒温泉です。旅行会社を経営する友人が勧めてくれた旅館でした。風情もあり露天風呂や食事も大変良かったです。北海道観光の穴場かもしれません。 お別れのため再び千歳空港へと向かう途中、台風の被害により広く倒木が見受けられました。最後千歳市内にあるインディアン水車を見学後、またの出会いを楽しみに千歳空港で解散しました。
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