青葉城から松島へ
2005年10月 7日(金)
青葉城跡
 何回か訪れた青葉城跡公園にある伊達政宗公の銅像です。前回来たのは日本青年会議所石材部会で青葉城城壁の修復工事見学でした。今はすっかり綺麗になり静かなたたずまいを見せる公園となっていました。それにしても立派な石造りの台座です一度で良いからこれほどの石工事をしてみたいですねぇ北海道では無理でしょうか?。素晴らしい!。
 明治維新から大東亜戦争に至るまでの郷土出身の戦没者の御霊を祀る仙台城(青葉城)本丸址に創建された護国神社です。
 昭忠塔と呼ばれるこの塔は、西南の役、京城事変、日清戦争等で東北各地の将兵が多く戦死し、この死を悼み慰霊のた明治35年に建立されたもので、頂上のトビ迄約20メートルあるそうです。  この碑の左側に見えるのが、宮城の山河をモチーフにして、産土神社より奉納された石や激戦地ガダルカナル島など御祭神ゆかりの戦跡の石、砂、サンゴ礁等を配置して作られた池で「鎮魂の泉」と称されます。
松島
 青葉城を後にして塩釜港から島巡り観光船に乗り、松島港へと向かう。この島は「仁王島」と呼ばれる奇島です。  松島湾には実に多くの様々な島があり、ガイドの話ではそれぞれに島の名前がついているそうです。
 トンネル状の洞穴に海水がぶつかり、鐘を撞く音に聞こえるところから「鐘島」と呼ばれています。  才人が多い霊場松島を訪れると恥をさらすとさとされ、西行は恐れてこの地を去ったという伝説があり、一帯を。「西行戻しの松」と言うそうです。
 入り口に五大堂と彫られていた形の変わった表示石です。傘と竿の部分の材質が違うのに奇異を感じました。  五大堂は807年、坂上田村麻呂が東征の折に建立し、後に慈覚大師が五大明王をまつり五大堂と名付けられ、現在の堂は伊達政宗が1604年に再建したもである。規模は小さいが手の込んだ素晴らしいお堂であった。
 今回宿泊した松島市内にある新富亭の入り口にある石で出来たどんぐりのオブジェです。大胆な造りが目を惹きました。
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