石屋の神社探訪 (株)溝口石材工業
礪波神社
(平成30年9月)
 明治27年3月に砺波団体長の本田幸彦が富山県の国幣小社高瀬神社の分霊を受け、同年11月に仮の社(祠)を団体地の中央に建てて祀り、氏神としたのに始まっている。
 以来、本田栄三郎をはじめ部落民の協力により護持され、明治39年11月には仮神殿と拝殿を造営し(砺波84番地)、基本財産の造成を図った結果、同40年7月5日に「無格社・砺波神社」が認可された。超えて昭和7年9月には、住民の寄付1万2000円により、富山県産のケヤキ材で神殿を、杉材で幣殿を造営し、同11年11月24日に「村社」に昇格した。
 祭神は大己貴神、天活玉命、五十猛命の3柱で、基本財産は明治39年以来の蓄積が村社に昇格のころには、水田5町歩、畑地2町5反歩、宅地4反歩余になっていた。
 なお、祭典は、初めは5月1日と9月10日であったが、農作業の関係から春は4月17日に変更された。また、神職は栗沢神社の宮司の兼任であった。
(栗沢町史より抜粋) 
 
   
 
   
鳥居
 昭和2年5月1日建之
 氏子一同
社標
   昭和12年5月1日建之
  鎮座 明治27年4月24日
  無格社 明治40年 7月 5日
  村 社 昭和11年12月24日
手水舎
明治39年3月設
寄進人 竹田常次郎・竹田伊藏
 
神前灯籠一対 砺波神社環境緑地保護地区看板
銀婚紀念
 大正14年5月10日  
 郷里 富山県西砺波郡津沢町蓑裏村字戸久新 移住  
 明治25年4月栗沢村礪波 現住第7部 小西  
楠 重藏・楠利喜藏  石工 清眞布 小長井  
   
神前灯籠一対   記念碑「山本榮太郎 碑」
 昭和11年 月 建之  発起者 青年矯正會
 村社昇格記念  明治44年4月4日
寄附者氏名 部落篤志者 本田栄三郎 黒嶋弥作・松原與一郎・紺谷達蔵・佐井十次郎
 部落精農者 堀崎常太郎・堀崎竹次郎・本田久三郎 宮森米松・宮崎豊蔵
  岡田久藏・片山仁三郎 大正13年9月10日建設 平成7年9月10日改修
 道営土地改良総合整備事業砺波地区竣工記念碑
昭和63年秋季
 
記念碑「本田幸彦 頌徳碑」
 明治41年3月  
 
 古い社標が保存されていた
 鎮座 明治27年〇月 と刻されていた
 
 
   
 
 岩見沢市栗沢町砺波84
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